株式会社マルチブックが株式投資型クラウドファンディングGoAngelを活用した「拡大縁故募集」を行ったのは2017年9月。募集金額は2000万円。株主募集は見事に成功し、55人の株主を獲得したと同時に目標金額の2000万円の資金調達を果たした。そしてGoAngel活用企業の第1号事例となった。
ディスクロージャー(情報開示)の重要性
マルチブックがGoAngelを活用した目的は、資金調達よりも自社の社会的な信用力と知名度を高めることにあったという。
「3年前にグローバル企業向けクラウド型会計・ERPソフト「 multibook(マルチブック)」を自社開発し、世界に向けて販売していこうと思った矢先、『そんな名も知れない中小企業に自社の財務情報を明かしていいのか』といった声がお客様から聞こえてきたのです」
そう語るのは、マルチブック代表取締役CEOの村山忠昭さん。
マルチブックのクラウド型システムは、ユーザーがネット上で自社の会計情報を入力して使用する。そのため情報漏洩の懸念とともに、長期保管の義務がある会計情報を小規模な会社に預けていいのかと心配する声も上がったという。
「社会的な信用を高めるためには、早期に新規株式上場(IPO)が必要でした。しかし当社が株式公開(IPO)をするにはもう少し準備に時間がかかりそうでした。そこで、IPOの前段階で会社の財務状況を開示し、社会的な信用力を高め、知名度のアップを図るためにGoAngelを活用することにしました」
将来IPOをするためのいい練習になるといった思いもあったという。
マルチブックは日本の大企業の海外子会社を対象に、会計システム構築のコンサルティング事業を手掛けてきた会社だ。3年前に会計・ERPソフトを自社開発したことで、さらなる事業の拡大を図ろうとしていた時期だった。
村山さんはちょうどその頃、ある会合でDANベンチャーキャピタルの出縄氏と出会う。そこで出縄氏が数々の中小ベンチャー企業を上場に導いた、上場支援のスペシャリストだと知り、IPOのコンサルティングを委託。その出縄氏が「GoAngel」というクラウドファンディングを活用した株主の「拡大縁故募集」の仕組みを構築することを知り、最初の導入企業になることを決めたのだ。
手間取ったメールアドレスの整理
当時まだ活用実績のなかったGoAngelを活用するにあたり、不安はなかったのだろうか。
「私としてはこの分野の第一人者である出縄さんにお任せすれば大丈夫と思っていました。ただDANベンチャーキャピタルさんにとってはこれが第1号案件ですから、絶対に失敗できないところ。そのプレッシャーが私たちにも伝わってきました。その分、手厚く指導してもらえたので、むしろ有り難かったです」
村山さんはGoAngelを活用するにあたり準備にはそれなりの労力がかかることは覚悟はしていたが、準備を始めてみると予想しないところに大変な手間がかかったという。
「もっとも大変だったのは株主募集の告知対象となる人のメールアドレスの整理でした」
告知の対象者は1000~2000人ほどもいた。全員のメールアドレスを確認し、リストを作る作業に手間どったという。
「日頃からよくお会いする人でも、メアドは頻繁に変わりますよね。そのため事前の確認が必要だったんです」
ようやくメアドを整理し、一斉に告知メールを送った後は、メールを受けた人からの問い合わせの対応に追われることになる。
「知人からGoAngelの概要や出資のための具体的な手順の問い合わせが入ってきましたので、その対応にも手間がかかりましたね」
さらに募集開始がはじまると、ネット上の操作についての問い合わせが続々と入ってきた。日頃、ネットを使っていない人から、操作の仕方がわからないので教えてほしいとの連絡がひっきりなしに入ったという。
「私が海外出張中に、ふだん普段お世話になっているテニスクラブのコーチから『ちょっとよくわからないんだけど……』というお電話が入ったことは、今でもよく覚えています(笑)。その時はコーチに画面の写真を送ってもらい、電話で一つずつ操作の手順を伝えました」
予想もしなかった事態に追い込まれたが、「今となってはそれも勉強のうちだった」と村山さん。
「いずれにしてもIPOをする時には必要になることですし、会社の将来の発展に備えて組織体制を整えていこうと、私自身の意識を変えるきっかけにもなりました」
出資希望者はあと3倍はいたはず
2000万円という目標金額は何を根拠に決めたのだろうか。
「当社の規定で、株主から年間に募る新規の出資額には上限があったことや、出縄さんのご経験によるアドバイスもあり、手堅くいくために1000〜2000万円が妥当だろういう結論にいたりました」
「正直にいえば目標額はもっと高く設定したかったのですが、それよりも確実に株主の募集を成功させたという実績をつくりたいという思いの方が勝りました」
予想外だったのは、募集直後に会社とはご縁のなかった人たちが、いち早く申し込みを入れてきたことだったという。
「拡大縁故募集は基本的に、日頃から何かつながりのある人に株を持っていただく仕組だと理解していましたので、見知らぬ方から応募が入った時には少し動揺しました。クラウドファンティングの性格上、しかたのないことかもしれませんが、そのために申込みができなかった知人もいたので、そこは残念でした」
GoAngelを通じて55人が新たにマルチブックの株主となったが、「その3倍は希望者がいたはず」と村山さんは分析する。しかし現状のGoAngelのルールでは、目標額を達成するとそこで終了となる。マルチブックは早々と目標金額を達成したため、買いたくても変えない人が少なくなかった。それもマルチブックに対する関心を示すエピソードだが、親しい人に行き渡らなかったのは心残りのようだ。
「買いたいと思ってくれている人全員に買ってもらえるよう、目標額を超えても出資を受けられるルールになるとさらにいいと思います」
初めて別会場を設けて株主を迎えた株主総会
2018年6月、マルチブックはGoAngelを活用後、初となる株主総会をとり行った。社内の人と身内以外に、GoAngelを通じて株主になった人のうち7人が出席したという。
「これまで株主は社内の人間と私の身内に限られていましたので、株主総会は社内の一室で行ってきました。しかし今回は面識のない人もご参加になるということで、初めて別会場を予約して株主をお迎えしました」
「当日はどんな方がお見えになるかと緊張しました。初めてお目にかかる株主の前で、当社の概要と財務状況等をお伝えするのは、経営者として身の引き締まるものでした」
GoAngelを活用し終えて、信用力と知名度を向上させるということでは一定の成果があったと見ている。
「ネットを活用するクラウドファンディングの強みで、ネット上での検索で知っていただく方も増え、当社製品に関心を寄せてくださる方が増えたのは確かです。また主要顧客や金融機関からもディスクロージャーの努力を評価していただいて『マルチブックさん、頑張ってますね』と声をかけられました」
数字では表せない効果があった
新しい株主を迎えたことで新しいビジネスの展開も生まれているという。
「株主からお客様をご紹介いただいたり、新しく加わっていただいた株主さんと事業でコラボレーションをする話も出てきています。一緒にビジネスを広げていく仲間が増えたようで頼もしく感じています」
最後にGoAngelを活用しての率直な感想を聞いた。
「目標金額の設定からいうと、スタートアップ期の企業に特に有効だと感じましたね。当社の場合ですと、仮に2000万円の資金を調達したいだけなら、お付き合いのある金融機関にお願いした方が早かったかもしれません。その点では、調達した金額に比べてかかった労力のほうが大きかったかなと思うところもあります」
「しかし社会的信用力や知名度を上げていくうえで、数字では表せない効果を発揮してくれていますし、経営の仲間ができたことは嬉しいです。知人からの『応援してるよ』という声も、株主になってくれた後では重みが違いますね」
GoAngelの活用によって、ますます成長の勢いが増したようだ。
(取材・構成:ライター・大島七々三)